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オッツダルヴァとテルミドール②クローズプランとオーメルのシナリオ【追記】~一部抜粋 [考察 アーマードコア]

本記事に追記したものの一部抜粋。

~オルカ旅団~
レイレナードの亡霊を吸収したオーメルは、オルカ旅団を設立。団長に、旧レイレナードの
リンクスを当てる。
オルカ旅団の目的は、
急場しのぎであるクレイドル体制に対し、真っ向からアサルトセル破壊を提案できない、
あるいは、提案しても他企業に支持されないため、
テロリストによって、クレイドル体制を脅かし、アサルトセルの除去までやってもらう、
というものである。

オルカ旅団の声明にて、アサルトセルの情報が一般市民に公開されたかは、微妙なところ。
「マクシミリアンテルミドールは嘯く。
『国家解体戦争もリンクス戦争も企業の罪を秘匿するためにあった。
犠牲なき解決の機会は、既に失われている』」

この文言からは、公開されていると考えるべきか。

【追記】
企業の罪を秘匿し、首脳生命を安堵する密約が結ばれたことから、公開はされていないかもしれない。

だとしたらオルカ旅団は大変便利な存在である。

アサルトセルを、何も出来ない老人たちに代わって破壊してくれた上で、 最後はカラードリンクスに討たれて消え去る。企業はその立場上、自らクレイドル体制を終わらせられないし、企業連内で意思統一もできない。テロリストにやらせるのが一番手っ取り早い。

ルートによって色々あるが、ヴァオーとメルツェルはまさに当て馬の役を買って出たわけだし、ハードでの輝美の裏切りも、本人の内心がどうであれ、オーメルとしてはカラードランク1だけは手元に戻すつもりだったという考え方ができる。なんとも企業にとって都合の良い、使い捨てのテロ集団である。

テロによってクレイドル体制が崩されたことへの人民の不満は大きいだろうが、その多くは長くは生きられない。企業はクレイドル体制の終焉を嘆きながらも、テロリストの残滓を追い立て、そして汚染された地上で疲弊しきった人類に宇宙という新たなフロンティアを提示する・・・。
数を大きく減らした人類は、汚染しつくされた惑星からの脱出、という新たな希望を見出す。オルカという狂気の反動勢力は、オーメルによって筋書きされたテロリズム、大きな痛みと絶望の果てに希望を与えるシナリオだろうか・・・。
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古王人気の秘密 [考察 アーマードコア]

オールドキングって人気ですよね。



冷静に考えたら、

ただの変態。

狂人。

大量虐殺者。

いずれにしても、まっとうな人間ではない。

(そもそもレイヴンやリンクスのようなものを生業にしている人間は、全体的にまっとう(=平凡、普通)
の人間ではないのだが。現実世界における傭兵が「戦争の犬」であるのと同じである)



しかしながら、フィクションにおいては、キャラクターの魅力とは、

「アクの強さ」

「キャラの濃さ」

「キャラ立ちの良さ」

などである。


その点において、

古王は、


圧倒的な孤高性、異質性、そして主義の一貫性を持ち、歴代レイヴン、リンクスの中でも強烈な存在感を放っている。



彼の過去、思想は、多くのフロム脳患者を引き付けて止まない。


「故サーダナとの関係が示唆されているが、どのような間柄だったのか?」

「かつてはリリアナを率い、そしてオルカで孤高を保つようになったのはなぜか?」

「彼は何故あそこまで生命に無頓着なのか?生来のものか、それとも空に住む人々など生きながら死んでいるような無価値な存在程度にしか見えていないからか? 狂っているのか?」

「彼が目指したものは何か?人類を宇宙へと解放すること?それとも、とにかく空に住む人々を根絶やしにすること?」


あまりにも古王については確定情報が少なく、正直好き勝手に想像可能である。


私のフロム脳では、

彼は

生来、命に対して(自分の命も、他人の命も)無頓着な傾向が強かった。

そして、サーダナの「素材」であった。
(思想的な繋がりは希薄で、サーダナのリンクス養成の被検体の1人だった。アセンブリが似ているのはそのせい)

(もしくは、サーダナのなんらかの思想に感化されたか、サーダナの思想を歪んだ形で進化させたか)

リンクス戦争が終結し、企業がクレイドル体制を作ると、

彼は反体制勢力、リリアナを結成。

(この辺に、彼が主義者である可能性が示唆される。
もっとも、リリアナの結成すら殺しをするための口実だったのかもしれない。彼が快楽殺人者だとしたら、秩序の側に立とうとしないのは当然のことである。

冷淡な口調から、快楽殺人者というよりは、命に無頓着、という印象を受けるが)


その後、リリアナを抜け、オルカへ入団。オルカでも孤高を保つ。

彼は、人類が次のステップに進むため、宇宙への道を切り開くためには、

空で惰眠を貪り、棺桶のような空間で企業に飼われるだけの、生きながら死んでいるような人間は、無価値であり、人類の次のステップに進む必要はない、と考えた。


圧倒的、狂気の暴力においてのみ、真の革命となりうる・・・。
たとえ自分は途中で倒れようとも、世界に多大な衝撃を与えうる・・・。

「革命など、結局は殺すしかないのさ」

「すまねえな、相棒。このあたりが、俺の器らしい・・・」


彼が主義者であったにせよ、単なる大量殺人者にせよ、ひとつ言えることは、彼が取った方法はあらゆる中で最悪のものだったということである。
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「クレイドルをすべて落とす」 [考察 アーマードコア]

最近クレイドル03破壊にはまってしまった腐れ外道です。

最初はいやいややったっきりだったのですが・・・

古王の台詞と相まって、ゾクゾクするミッションです。


「よう、首輪付。クレイドル03を襲撃する。付き合わないか?オルカの連中、温すぎる。革命など、
結局は殺すしかないのさ。だろう?」

「来たか。首輪付。クレイドルを全て落とす。所詮大量殺人だ。刺激的にいこうぜ」


ゲームにおいて、擬似的にではあるが、1億もの無抵抗の人間を虐殺すること、それに対してどのような感想を抱くか?

私の感想は、「実感が湧かない=だから何も感じない」である。

揺り篭というよりは寿司詰めの空飛ぶ棺桶といった風情のクレイドル。
中には1機あたり2千万人が住んでいるが、外から見たら単なる鉄の塊。

破壊すればゆっくりと落ちていくだけ、ただそれだけ。

人類史上最悪の大量虐殺は、なんとも呆気なく、CERO【A】のゲームで表現できてしまう。

直接的な暴力やグロテスクな表現を伴うゲームは、CEROの基準が厳しい。
が、直接的な表現さえなければ、どんなに人道に反した行為でも【A】で通る。
CEROとはそんなものである。

暴力を振るうことは、凄惨でグロテスクなものであることをまざまざと実感させてくれる直接的なゲームと、
暴力もゲーム的、実感の乏しいものとして表現されるゲーム。

戦争での爆撃はゲーム的だと言われることがあるが、そうだと思う。
命を奪う実感に乏しい、ゲーム的、スコア稼ぎをしているような感覚。

クレイドルも、そんな感覚で落とせてしまう。

それは、私の想像力が欠如しているからか?

もし、クレイドルの内部の生活が、描写されていたなら、クレイドルを破壊することに、深い嫌悪感を覚えたのかもしれない。

直接的に人の死が見えない限り、人は容易に残酷になれる、そんな話でした。
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お茶会からの推測メモ [考察 アーマードコア]

今回はメモ。

ものすごく久しぶりに衛星破壊砲基地襲撃とカブラカン撃破をやってみた。

あまり見ることのないお茶会を見ることに。


衛星破壊砲を破壊した後のお茶会で、リリウムが言うのだ。

「さきほど、オーメルサイエンス社から連絡がありました。オルカ本隊は、ビッグボッグスにいる云々かんぬん」
と。

資本の支援なしに、ネクストは動かせないことは、スミちゃんの言うところである。

というわけで、設立以降も、整備や物資の供給などで、オルカに対して企業の支援があったのではないか・・・
と邪推したくなる。

ビッグボッグスの件を、オーメルが連絡してくるところがまたきな臭い。

このオーメルを、老人たち、と考え、ビッグボッグスについての連絡は「密約」に関係してのことと考えるか。

あるいは、オーメルは、老人たち、とは異なり、真の黒幕であり、老人たちを丸め込むために、ビッグボッグスについて連絡したのか。(オルカ本隊をカラードの精鋭ネクストが撃破する。企業としてはそれでオルカからは手を引け、ということ。オルカはクローズプラン実施に必要な最低限のリンクスのみが残ることになる。)


一方で、月輪というネクストの存在は、トーラスの協力を覗わせる。

トーラスとオーメルって仲悪いんだよな・・・と考えると、メルツェルが器用に振舞ってオーメルとトーラス双方の支援を取り付けていた・・・とも考えられるか。


最後に、しかしオーメルはアンサラーを使って、オルカを本気潰ししようとしているようにも見える。

アンサラー自体は、インテルオル=オーメルの代物。

となれば、オーメルの思惑はともかくとして、企業連としてオルカ潰しのために使っていた・・・と考えるのは強引か。

オーメルとしては、内心で、「どうせオルカのネクストに壊されるんだろうな・・・」くらいで眺めていたと。




なんでこんなに自分は黒幕はオーメル様、に拘るのか。

だって、オーメル様腹黒でかっこよろしいじゃない!
やんごとないじゃない!

思いっきりユダヤ系だし。


あとは、輝美の裏切りの辻褄あわせのため。

「増長だったな。貴様ごときがオルカを気取るとは・・・あとは任せておけばいい」

オルカを裏切って企業連側で戦ったにもかかわらず、オルカの名の重さを語り、そして「任せておけばいい」
と言う。
企業側になっているのに、オルカとクローズプランについては諦めていないと取れる台詞だ。

ウィンDと結託しているということは、アルテリア掌握によるクローズプランの実行は止めた、ということか。

つまりは、何かしら、今生きる人々を尊重しながら、宇宙への道を拓く方法が妥協として見出されたのか。
それで主人公は邪魔になったと。



今回のメモはこんなところで。

フロム脳的、ブレイン・ストーミングでした!
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参考になるフロム脳、ならないフロム脳 [考察 アーマードコア]

ACのMADなんかを見てるとよく自説を展開している人がいる。

参考になるものもあるが、正直、大半のものは??というものが多い。

設定の誤解や、設定を知らないものも多い。


今回は愚痴です。




「初代の⑨は人間だ。設定資料集にイラストがある。」
→設定資料集は初期の設定(没ネタ含め)を掲載したもので、無印本編にも⑨は2機出てくる。

「fAの後が初代の時代なのだと理解している。それならWGAI説、そしてランク⑨にも合点がいく」
→大味に考えればつなげられるだろうが、詳細な設定を考えれば不整合がおきる。
初代の世界は、西暦から地球暦に暦をあらためてから100年ほど経ったころに、国家間最終戦争、後に「大破壊」と呼ばれる戦争が起きて地上が荒廃、人類は膨張する人口を支えるべく世界各地に建造されていた地下都市にその住処を移したことになっている。

そして、地下世界での労働力不足からのMTの開発→CoredMTの開発→MTの武装化→ACの呼称の誕生→レイヴンズネストの成立・・・という経緯を辿る。


そこには、国家解体戦争、ネクストの出現とレイヴンの凋落、リンクスの台頭、リンクス戦争とクレイドル体制、アサルトセルなどという歴史が入り込む余地がない。

それ自体閉じた世界観としてまとまっているものに、後付でゴテゴテ設定を付け加えるのは良くないし、
別の世界観のものをつなげて行くのも好きではない。

フロム自身、本来パラレルとして扱うべき3系とN系をごっちゃにして、公式に共通年表を作ってしまった。

下手をすると、fAの後が無印、というのすら公式になるかもしれない・・・。


結局は、多くの人は、「大破壊がどういったものだったか」という点について、解説書などに記された短い文章からイメージを掴むことなどしない、あるいはイメージを掴めない。そして「大破壊」という大規模な戦争が過去にあった、という事実だけを理解する。

歴史の中で戦争は繰り返すものだから、「過去に大規模な戦争があった」という事実だけ拾えば、
どの作品間でも世界観を共有できてしまう。

そして、似たような要素、あるいはオマージュ、あるいは各自のフロム脳設定から、共通点を見出し、つなげて行く。


別にそれは悪いことではない。公式設定とは別に、自分なりの設定を持つことは、むしろロマンがある。
私も「ゲーム上で体験した3系の世界」と、「N系で語られる年表上の過去の3の話」は全く別のものだと
勝手に理解している。パーツの呼称や開発年代などの差異を考えると、そう考えないとしっくりこないからだ。

ただし、自分自身のそうした考えが、「公式設定を厳密に考えれば、成立しえない」という点についての自覚は必要だと思うのだ。

「設定上はこうだけど、俺はこういうストーリーが面白いと思うんだ。4系の世界での争いの後、人は地下に潜ることになり、高度な軍事技術は失われた、雌伏の時代、それでも企業は成長を志向し争いを続ける・・・
そして彼らはついに火星に到達するのだ」

そんなストーリーも魅力的なのだ。

でも、それは「公式には成り立ち得ない」という自覚がなければ、「公式設定に当てはめても問題がない」という理解→場合によっては支持者が多数→多数派意見としてファンの間で半ば定説化→本来の設定が忘れ去られ、ファンの定説が基本設定と化す

ということになる。


要するに、今回の愚痴は、コアになる基本設定くらいはちゃんと理解しましょう。あと、ゲーム本編での描写も良く見ておきましょう、ということになる。

酷いときは「3の世界は地上にも出るだろ?OPとか海とか」
なんていう意見すらある。
おまえはゲーム本編で何を見ていたのだ?と半ばあきれてしまう。


ただ、設定といえば、エクストラガレージのムック本の設定は色々酷かったらしい・・・。

まあ、ムックだし。ウルトラマンのスペックが本によって恐ろしくマチマチなのと同じか。




愚痴は愚痴だ。世界に何の変革ももたらさない。

ただ、精神衛生上、アウトプットするだけだ。

オッツダルヴァとテルミドール②【クローズプランとオーメルのシナリオ】 [考察 アーマードコア]

輝美と乙樽のつづき


【単一人格説】


裏切りの説明がなかなか面倒臭そうだが、私としてはこっちを真剣に考えたい。


まず、テルミドールとオッツダルヴァでは、
解離性同一性障害にしては人格の分かれ方が不自然である。


カラードランク1の人格と、オルカ旅団長の人格・・・そんな分裂の仕方をする
心的外傷ってなんだよ!!ってことになる。

しかも、最後の「貴様ごときがオルカを騙るとは」の台詞から、記憶を共有しているものと思われる。
というか、記憶を共有していて、機体の好みや性格も変わらないなら、人格違うの?と突っ込みたくもなる。

オッツダルヴァはクローズプランなどそっちのけで、
主人公と戦ってみたいという性格の違いはあるのかもしれないが・・・。



そもそも水没後のオルカお茶会の
「これでやっと最初に戻ったな」
「誰が手間をかけさせたのか」
「すまんな。完璧主義者なんだ」
の台詞から、オッツダルヴァとしてカラードのランク1として振る舞い、
水没という「ヤラセ」で姿を消し、
オルカに合流する、
というのがテルミドールのプランであろう。

オッツダルヴァとは、オルカ旅団長テルミドールの「演技」と考える。
「空気、空気」言ったり、笑える毒舌が多いのも、
ランク1としての、演技だろう。

カラードのランク1に対する皮肉すら、私は感じる。
カラードのランク1なぞ、他者を見下し、傲慢に振舞う割には、呆気なく死ぬのだ、と。


また、ウィンDはテルミドールを、企業連ルートの最後に、「オッツダルヴァ」
と呼ぶ。
そこには、2つの名を持ちつつも、その精神は1つである、という印象が漂う。



さて、そんなテルミドールの、クラニアムでの振舞い・・・
ここから先は、ノーマルとハードで背景を変えて考えてみよう。

あくまでもわたしのフロム脳です。要するに好みが反映されています。
当然解釈の可能性の1つということで・・・。


【ノーマル】
これは楽。

メルツェルとの示し合わせの通り、テルミドールはクラニアムに行き、そこで斃れる。
主人公は、最後のオルカとなった。

メルツェル、ヴァオーはビッグボックスでウィンDに敗北、
古王はオルカを離反し、クレイドルを襲撃、
銀翁は引退? 死亡ではなく、クローズプランの第2段階のためにトーラスに帰ったか。
ジュリアス・エメリー アルテリアを襲撃するものの失敗?
真改 テルミドールとともにクラニアムで斃れる?


テルミドールとオルカの意志を継ぎ、主人公は立ちふさがる2人のリンクスを倒し、
人類の宇宙への道を拓いた。


【ハード】
これは面倒。何故あそこでテルミドールが裏切ったか、の考察が欠かせない。

私が考える筋書きは以下の通り。


~オーメルの目論見~

地上での経済戦争にも資源的に限界があり、
またクレイドル体制は、宇宙移住のための時間稼ぎに過ぎない。
しかし、他企業とは(安全な)経済戦争の状態

(敵対的、競争的成長関係
=本当に仲が悪いが、仲が悪くて互いに潰しあうことで互いに成長する関係。
クレイドル体制を維持する点で安全である)

にあり、1枚岩での行動が難しい。



~レイレナードの亡霊~

リンクス戦争時、レイレナード社はアサルトセルを破壊しようとした。
(レイレナード=アクアビットの戦争の動機はいまいちはっきりしないが、
アサルトセル破壊のため、などという崇高な目的ではなく、
表面上の平和と、水面下での代理テロが続いていた
パックス・エコノミカを終わらせ、GAにいちゃもんつけて
水面下でくすぶる企業同士の対立の白黒をつけようとしたのだろう。

GAによるGAE粛清が、アクアビット=レイレナードにとって脅威だったとも言える。

そして、恐らく、オーメル陣営としても、
レイレナード陣営の宣戦は願ってもないことだったのだろう。

真正面から相手を潰す、大義が出来たわけだから。


パックスでの企業間直接戦闘はアナトリアとアスピナの傭兵によって、オーメル優位に進んだが、

レイレナード陣営は、主力ネクストによる奇襲を敢行、オーメルは致命的な打撃を被る。
ここにいたって、リンクス戦争が勃発する。

このリンクス戦争自体が、テルミドール曰く「企業の罪を秘匿するためのもの」だったらしい。

それが真実かは分からないが、
うわべだけの秩序のベールを剥がし、
利権、利潤をもとめて企業は争った。
その中で、レイレナードは次世代のフロンティアとして宇宙を志向し、
アサルトセルを破壊しようとしたのだろう。


彼らの野心は、アナトリアとアスピナの傭兵によって打ち砕かれ、
その意志は、オーメルに吸収されることとなった。



~オルカ旅団~
レイレナードの亡霊を吸収したオーメルは、オルカ旅団を設立。団長に、旧レイレナードの
リンクスを当てる。
オルカ旅団の目的は、
急場しのぎであるクレイドル体制に対し、真っ向からアサルトセル破壊を提案できない、
あるいは、提案しても他企業に支持されないため、
テロリストによって、クレイドル体制を脅かし、アサルトセルの除去までやってもらう、
というものである。

オルカ旅団の声明にて、アサルトセルの情報が一般市民に公開されたかは、微妙なところ。
「マクシミリアンテルミドールは嘯く。
『国家解体戦争もリンクス戦争も企業の罪を秘匿するためにあった。
犠牲なき解決の機会は、既に失われている』」

この文言からは、公開されていると考えるべきか。

【追記】
企業の罪を秘匿し、首脳生命を安堵する密約が結ばれたことから、公開はされていないかもしれない。

だとしたらオルカ旅団は大変便利な存在である。

アサルトセルを、何も出来ない老人たちに代わって破壊してくれた上で、 最後はカラードリンクスに討たれて消え去る。企業はその立場上、自らクレイドル体制を終わらせられないし、企業連内で意思統一もできない。テロリストにやらせるのが一番手っ取り早い。

ルートによって色々あるが、ヴァオーとメルツェルはまさに当て馬の役を買って出たわけだし、ハードでの輝美の裏切りも、本人の内心がどうであれ、オーメルとしてはカラードランク1だけは手元に戻すつもりだったという考え方ができる。なんとも企業にとって都合の良い、使い捨てのテロ集団である。

テロによってクレイドル体制が崩されたことへの人民の不満は大きいだろうが、その多くは長くは生きられない。企業はクレイドル体制の終焉を嘆きながらも、テロリストの残滓を追い立て、そして汚染された地上で疲弊しきった人類に宇宙という新たなフロンティアを提示する・・・。
数を大きく減らした人類は、汚染しつくされた惑星からの脱出、という新たな希望を見出す。オルカという狂気の反動勢力は、オーメルによって筋書きされたテロリズム、大きな痛みと絶望の果てに希望を与えるシナリオだろうか・・・。





~アルテリア襲撃~
慌てふためく老人達を尻目に、すべてがシナリオ通りのオーメル。

しかし、企業連ルートでは、ウィンDの予期せぬ妨害が入り、
オルカ旅団はクラニアムにて全滅。
オルカを使ったアサルトセル除去は失敗する。

オーメルは内心穏やかではないが、表面上ウィンDに賛辞を送った。



オルカルートでは、

オーメルの筋書きでは、
クラニアムを制圧し、アサルトセルを解き放った後、
テルミドールを再びオッツダルヴァとしてオーメル内に呼び戻すことになっていた。

行方不明のランク1が奇跡の生還。

アルテリアは落ち、クレイドル体制は「止むを得なく」崩壊したが、
我々には宇宙への道が拓かれた。

クレイドル体制の終焉を、仕方のないこととする一方で、
宇宙への道が拓かれたことで大衆の関心を逸らすのである。


アサルトセルの秘匿、テロを防げなかったことへの、
企業への民衆の不信感云々はあるだろうが、そんなことよりも効率なのだろう。
老人達よりもテロに頼ったほうが、速いと。
そもそも企業は絶対的支配者である。民衆の心象なぞ毛ほども気にしないと考えていい。


が、しかし、テルミドールはオーメルの筋書きを拒んだ。


道化としてオーメルに戻るよりは、

オルカを託すに相応しいか否か、主人公を試した。

無論、自らの死に場所としてである。

3対1、全力で挑んでも、主人公には勝てないだろうと、テルミドールは考えていた。

それでいい、と。


オルカルートのウィンDがテルミドール=オッツダルヴァを見抜いているかは明確ではない。
企業連ルートでははっきり見抜いているが、
オルカルートでは、
「ならば自分で死を実践してみせろ。テルミドールとおなじようにな」と言う。

そして、オッツダルヴァは、
「テルミドールは既に死んだ。ここにいるのは、ランク1、オッツダルヴァだ」
と言う。

スミカの「テルミドール、裏切ったか・・・」の言葉もその場の人間全員に聞こえているなら、
ウィンDも分かっていると予想できる。


つまり、主人公がクラニアムに至る前に、テルミドール=アンサングはウィンDに撃破されている。
そしてテルミドールは、オーメルからステイシスを受領し、企業側の人間としてクラニアムに立つ。

オーメルの読み違いは、オッツダルヴァが最後のオルカたる主人公に敵対しようとしたことだろう。
オーメルに戻る分にはいいが、クローズプランの邪魔はするなと。
しかし、オッツダルヴァは、道化としての人生に決別し、未来を主人公に委ねて死ぬために、
クラニアムにオッツダルヴァとして立ったのである。








むむむ~~~~~

我ながら、展開に無理がありますな。

もっと美しいフロム脳もありそうです。


このフロム脳では、全てはオーメルの自作自演ということにしてますが、
オーメルもまた老人達の1人に過ぎない、というスタンスも面白いかと。


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オッツダルヴァとマクシミリアン・テルミドール [考察 アーマードコア]

久しぶりにニコニコしたらfAの未使用音声が色々出ていた。

スミちゃんすげえな・・・。

未使用音声というのは、没になったキャラの性格なのだろう。

水没王子が、「参戦する!!」とか、「母さん!!」とか言ってたり、
スミちゃんが「私のリンクス」とか、「かあ様(多分自分のこと)」って言ったり・・・

ちょっと本編でも聞いてみたかった気もするが、未使用だからこそのニヤニヤ感というのもある。
実はこんな一面も隠れてたんだぜ、みたいな。


さて、そんなわけで久しぶりにフロム脳が活性化。

今回は乙樽と輝美についてちょいと考えてみよう。




しばしば聞くのは「二重人格説


テルミドールの説明には、「複雑な、あるいは分裂した男」とある。

彼の性格が現れている台詞としては、

熱っぽい扇動家
「オルカ旅団のお披露目だ。諸君、派手に行こう」

諦観者
「人は活力を失い、諦観のうちに壊死するだろう」「状況は既に手遅れだが、同時に緩慢だ」「最後に敗れる、そんな定めか・・・」

ロマンチスト
「活力、諦観、壊死、惰弱などの印象的な言葉遣い」、「ブリーフィングで語る人類を救い宇宙への道を切り開くことへの思い」

こんなところか。


状況や本人の気分によって、声色や印象が大きく変化するところは、複雑な人物像を想像させる。
お茶会の様子を見る限り、基本的には沈着冷静な人物のようだ。
扇動家としての側面は、演技であるとも取れる。


それでは、「あるいは分裂した」とは・・・?


まずは勉強。








ウィキペディア【解離性同一性障害】

解離性同一性障害(かいりせいどういつせいしょうがい)は解離性障害の一種で、虐待などの強い心的外傷から逃れようとした結果、解離により一人の人間に二つ以上の同一性または人格状態が入れ替って現われるようになり、自我の同一性が損なわれる疾患。略称はDID
(Dissociative Identity Disorder) である。

なお、一般に使われている「多重人格(たじゅうじんかく)」(もしくは「二重人格(にじゅうじんかく)」)という語は必ずしもこの疾患を指しているとは限らない。かつてはこの疾患を多重人格障害(略称MPD, Multiple Personality Disorder)と呼んでいたが、これはDSM-IIIにおける旧称、または、ICD-10における呼称である。発症原因に不明の部分が多く、現象論ばかり展開される傾向にあるので予断は禁物である。


概要 [編集]

多重人格障害の旧称が表す通り、明確に独立した性格、記憶、属性を持つ複数の人格が1人の人間に現れるという症状を持つ。ほとんどが人格の移り変わりによって高度の記憶喪失を伴うため、診断が遅れたり、誤診されることが非常に多い疾患である。つまりは精神科医療の分野でも正確な知識を持たない医師、臨床経験が無い医師が多く、精神科で受診しても治療不能となる場合も多々あるのが現状である。

解離 [編集]

詳細は「解離性障害」を参照

解離とは、記憶や意識、知覚など、本来ならば一人の人間が連続して、かつ、統合して持っているべき精神機能がうまく統一されていない状態を指す。白昼夢に耽ってふと我を忘れるのは軽い解離の一例である。

一方、人間は想像を絶する苦痛に見舞われた場合に防衛機制として解離を起こすことがある。痛覚などの知覚や、記憶、意識などを自我から切り離すことによって苦痛から逃れるのである。現実逃避と混同されがちだが、現実逃避が単なる精神的遁走であるのに対し、解離は実際に痛みを全く感じなくなったり、苦痛の記憶が丸ごと消失したりする点で大きく異なる。
同一性 [編集]

人間は成長するに従って、その身体に対応した1つの確固とした人格とそれに対応した記憶がそれぞれ形成されてゆき、時間や場所が変わってもこれらが変化することはない。自分の体は自分だけのものであり、自分の記憶は全て自分だけのものであり、いつどこにいようともそれが変化することはない。これを自我同一性と呼び、この疾患を持たない者にはごく当然のことである。

解離性同一性障害 [編集]

解離性同一性障害は、この解離が高度に、かつ繰り返し起こることによって自我の同一性が損なわれる(同一性が複数存在するとも解釈できる)精神疾患である。

人間は(特に幼児期に)、繰り返し強い心的外傷(トラウマ)を受けた場合、自我を守るために、その心的外傷が自分とは違う「別の誰か」に起こったことだとして記憶や意識、知覚などを高度に解離してしまうことがある。心的外傷を受けるたびに「別の誰か」になり代わり、それが終わると「元の自分」に戻って日常生活を続けるのである。

解離が進み、「別の誰か」になっている間の記憶や意識の喪失が顕著になり、あたかも「別の誰か」が一つの独立した人格を持っているかのようになって自己の同一性が高度に損なわれた状態が解離性同一性障害である。事実、解離性同一性障害の患者は「別の誰か(以降、交代人格と呼ぶ)」になっている間のことを一切覚えていない事が多く、交代人格は交代人格で「普段の自分(主人格と呼ばれる)」とは独立した記憶を持っている事がほとんどである。

このような理由から、解離性同一性障害の患者のほとんどが幼児期に何らかの虐待、特に児童虐待を受けている。そしてその多くは性的虐待である。

なお、欧米にはイマジナリーフレンド(imaginary friend=想像上の友人)という概念があるが、これは幼少の子供に普通に見られる現象で成長するにつれ消失するのが普通である。イマジナリーフレンドが強いストレスにより交代人格化することはあり得るが、単なるイマジナリーフレンドを持つことでこの疾患と診断することはできない。このことは、DSMの定義にも明記されている。

「普段の自分」と「別の誰か」は基本的には上記のように別の記憶をもっているが、「別の誰か」が「普段の自分」に対し【記憶を引き継いでもいい】と判断した場合は、「普段の自分」に記憶が引き継がれる。 但し、「記憶の引継ぎ」のタイミングについては個人差があり、
数日後若しくは数週間後に突然記憶が引き継がれるケースもあり「普段の自分」が困惑してしまうケースがある。


治療 [編集]

この疾患においては、本格的な研究が始まったばかりであることから、確立された治療法はまだ存在しない。完治することがあるのかどうかさえ議論の対象になることがあるが、完治の報告が存在することを踏まえると、不治の病と断定するのは早計である。

また、この疾患においては、「完治」の定義が曖昧になることがある。大きくわけて、「完治」とされる状態は次の2つに分けられる。
人格状態が1つになり、記憶がすべて戻った状態
人格状態は複数のままだが、日常生活に支障がない状態

2番目については違和感を覚えるかもしれないが、例えばDSMによれば「日常生活を送るのに支障がない」限りそれはこの疾患の要件を満たさない。したがって、依然として複数の人格が存在する状態であっても、問題なく日常生活が送ることができるようになれば、それを「完

治」としても差し支えがないと考えるのである。

この疾患では強い不安やうつ状態、不眠などを伴うことが多く、カウンセリングによる治療は必須であると考えられているので、医師とセラピスト(心理カウンセラー)の両者を適宜利用することが求められる。医師にはカウンセリングを行う余裕がない場合が多く、セラピス

トは睡眠導入剤などの必要な投薬をすることができないからである。

以前は、人格統合を行うのが最善の治療であると考えられていた。人格統合とは、人格を1人ずつ消していく(医師・セラピストの中には人格に自殺をさせたり、悪霊払いのような手法をとるものもある)、あるいは似通った人格同士をカウンセリングにより統合することで最終的に1人の人格に戻すという治療法である。しかし、最近ではこの治療法については否定的な意見も多く、複数の人格はその必要があるから存在しているのであって、無理に消去することはかえって患者の状況を悪化させると考えられている。人格統合の手法を取らず、人格同士がお互いに協力し合って生活を送れるようにする「共存」を目指す治療法も存在する。

現在では、まず患者の状態を正確に把握すること、次に人格同士の誤解や対立をなくすと同時に主人格を含む各人格の精神の安定を目指すことが第一だとされる。つまり、システムの把握と安定であるが、これには長い年月を要する場合が多い。ほとんどの場合、主人格の知らない心的外傷(いわゆるトラウマ)体験の記憶を交代人格が別個に持っており、その場合交代人格に対しても別個に心的外傷の処理が必要とされる。患者の安全を考えた場合、この作業は人格同士の統合や共存よりも優先されるべきであろう。

喪失した記憶を無理に引き出すことは良くないとされる。交代人格から聞いた心的外傷体験を、その体験の記憶のない人格に知らせることも同様である。この疾患を持つものは心理的に非常に不安定な状態にあることが多く、また、抱えている心的外傷も長期にわたる凄まじいものである場合が多いので、いたずらに心的外傷を想起させることは、パニックや自殺などの大きな危険を伴うからである。

このようなさまざまな理由から、患者とセラピストの信頼関係の確立も重要な要素となる。システムの安定に伴い、心的外傷体験の想起と再記憶といったPTSDの治療に似たプロセスが慎重に行われる。

投薬は、対症的に抗不安薬や睡眠導入剤などが多く使われる。症状が重い場合は抗精神病薬が用いられる場合もある。しかし、この疾患の治療には非常に長い時間がかかるため、身体への負担を考慮してなされるべきであろう。また一般にこの疾患の患者が薬物依存を生じやすい傾向にあるとされる点にも留意する必要がある。

治療には何年も要するのが普通であり、医師やセラピストの適切な指導のもとで根気強い治療が必要である。 それは家族に対しても同様であり、家族内のものがこの疾患についてより学び、本当の意味での苦楽を共有することも必要である。

解離性同一性障害に対する誤解 [編集]

解離性同一性障害は精神医学で認知されてからの歴史が非常に浅く、その特徴的な症状から比較的誤解されやすい疾患であると言える。

架空の病気であるという誤解 [編集]

もっとも大きな誤解が、この疾患は存在しない架空の病気であるという考えである。

その理由の一つとしてよく挙げられるのが、近年における急激な症例の増加である。そもそもこの症例はアメリカで主に報告され、その他の地域では滅多に見られないとされていた。文化依存症候群とみなす人もいたほどである。

ところがアメリカのDSM-III(関連用語の項参照)で多重人格が取り上げられて以降、世界中で症例の報告が相次ぎ、12年後にはICD-10(関連用語参照)にも多重人格のカテゴリが作られることになる。この現象の説明として、この疾患の存在を知った者が相次いでこの症状を詐病したのだという主張である。

しかし、この疾患は、統合失調症の診断基準の一つであるクルト・シュナイダーの一級症状の全て、あるいはその大半を満たすケースが多く、同時にうつ病や境界性人格障害に似た症状を示す(あるいは併発する)ことが多いため、DSM-III以前は他の疾患と誤診されてきたのだろうと考える方が妥当である。事実、多くのこの疾患の患者は、その診断が下される前に何らかの誤診を受けている。

また、この疾患があまりに特徴的であるため今まで憑依現象(例えばキツネ憑き、狸憑き、馬憑き)などの心霊現象として片付けられていた可能性も高い。広義のシャーマニズムは世界中に存在し、憑依が起こる様子がこの疾患の人格交代時の挙動に類似しているケースも多い。

さらにその特徴的で他人の興味を引きやすい症状から、虚偽性障害や詐病の対象となることが多い事実も挙げられる。このことがこの疾患の誤った認識を生み、またこの疾患の診断をより難しいものにしているとも言える。


他の疾患との混同 [編集]

もう一つの誤解が、別の疾患との混同である。専門家の中にさえ、この疾患を統合失調症の症状の一つだと断定しているものもいるが、統合失調症とこの疾患は、類似する症状が多いものの、全く別の疾患であるというのが現在の考え方である。

また、以前は解離性障害がヒステリー(転換性障害と解離性障害の総称。現在はこの用語は用いられない)の一種としてカテゴライズされていたため現在でもこの疾患が俗語的な意味でのヒステリー(一時的な感情の爆発)の一種と誤解されることがある。しかし、感情の爆発で人が変わったようになることとこの疾患とは何の関係もない。

さらに、解離性障害境界性(人格)障害、多重人格障害と人格障害など疾患名の相似からこの疾患と境界性人格障害とを混同している例も非常に多く見られる。解離性人格障害という両者を完全に混同した病名を目にすることも多い。この疾患が境界性人格障害に似た症状を示す(または併発する)例が多いこと、逆に境界性人格障害の患者が同一性の障害や解離を示す例が多い事実が、この混同をより深刻なものにしている。かつて「多重人格障害」という診断名が用いられていたことから誤解が生じる場合があるが、この時期から現在に至るまで
、この疾患は一貫して「解離性障害」の一種とされ人格障害に分類されたことはない。

その他、混同されやすい類似した名称をもつ疾患 [編集]

次の疾患はいずれも解離性障害には含まれず、全く別の疾患である。
回避性人格障害
性同一性障害
性格の多面性との混同 [編集]

この疾患に対し「人間誰しも多重人格的な部分がある」と言うものもあるが、性格の多面性とこの疾患とは根本的な違いがある。前者が単に口調や応対の変化に留まるのに対し、この疾患の患者は人格ごとに独立した記憶を持っている点である。これはそれぞれの人格にとって、記憶喪失として現れる。
また、氏名・性別・年齢・食(服)の好み・口調・筆跡などもまったく異なる。

上部の記述にあるが、「普段の自分」と「別の誰か」は基本的には上記のように別の記憶をもっているが、「別の誰か」が「普段の自分」に対し【記憶を引き継いでもいい】と判断した場合は、「普段の自分」に記憶が引き継がれる。 但し、「記憶の引継ぎ」のタイミングについては個人差があり、数日後若しくは数週間後に突然記憶が引き継がれるケースもあり「普段の自分」が困惑してしまうケースがある。

用語 [編集]

システム
system。この疾患の患者個人が持つ全ての人格状態とそれらの関連、それらを取り巻く全ての精神的要素などを1つの体系とみなし、便宜的にこう呼ぶ。人格システムともいう。

人格状態
ego stateの訳語。システムに複数見られる、あたかもそれぞれが一個人かのように独立した自我状態のこと。名前、性別、年齢などが戸籍上のものと異なる場合もある。単に人格(personality)と呼ぶこともある。同一性(identity)とも。

基本人格
original personalityの訳語。オリジナル人格とも。出生時に持っていた本来の人格。複数の人格状態を持った時点で基本人格は失われるとする見方もある。

主人格
host personalityの訳語。基本人格と混同されがちだが、こちらは普段外的に活動している時間が長い人格のことを指して呼ぶ。戸籍上とは異なる名前を持っていたり、ある時期から主人格が別の人格状態に交代するケースも珍しくない。

交代人格
alter personalityの訳語。主人格かつ/または基本人格以外の人格状態を指す場合が多い。

保護人格
保護者人格とも。交代人格のうち、システムやその肉体を守る行動を取る人格。これとは逆に肉体や精神に意図的に危害を加えようとする人格もまた存在する。

ISH
Inner Self Helperの略。「内的自己救済者」。ラルフ・B・アリソンが1974年に最初に提唱した概念で、アリソンは、誰もが持つ「超自我」または「理性」が人格システムに見えている状態がISHであるとした。アリソンの考えに従えば、ISHは統合の対象とはならず、通常システムにつき1人しか存在しないことになる(ただしアリソン自身、複数のISHが「階層的」に存在するケースを認めている)。ISHの本質については、リチャード・P・クラフトがアリソンのものよりも曖昧な定義を発表するなど、専門家の間や熟練した治療者の間でも意見の相違がある[2]。


統合
integrationの訳語。人格状態同士を結びつけることでシステム中の人格状態の数を減らすこと。狭義には人格状態を1つにすること。以前はこの疾患の治療目的と考えられていた。





長々とした引用はここで終了。






要するに、多重人格というのは、SFやサイコ系のフィクションの世界のお話ではなく、現実に存在する疾患である。



さて、結局ACの考察というのは、その人の好みによるところが大きいわけで、

私の場合は、サイコなノリの、いわゆる「フィクション的な多重人格」というのはあまり認めたくないので、
(なるだけリアル志向で考えたいということ)
多重人格=精神疾患であり、社会生活になんらか支障を来たすだろうというスタンスになる。



テルミドール多重人格説の理由となるのは、やはりクラニアム襲撃(ハード)での謎の裏切り行為。


「テルミドールは既に死んだ。ここにいるのは、ランク1、オッツダルヴァだ」
オッツダルヴァに撃破されると
「増長だったな。貴様ごときがオルカを騙るとは」と言われる。

多重人格説を取るなら、

「テルミドール(の人格)は既に死んだ。ここにいるのは、ランク1、オッツダルヴァだ」
「増長だったな。貴様ごときがオルカ(=テルミドール亡き後の最後のオルカ団員)を騙るとは」


「騙る」というのは、「だます」ということ。
要するに、自分にやられる程度の人間が、
テルミドールの代わりに「最後のオルカ団員」として振舞うことが、
オルカの名を騙っている(=まがいもののオルカ)ことになると、オッツダルヴァは言っている。



さて、オッツダルヴァの人格がそんなことを言う必要があるのかどうか・・・。

テルミドールの作ったオルカの名の重さを、オッツダルヴァが気にする必要があるのか・・・?
オッツダルヴァはテルミドールなのだが、別人格なのだ。
肉体は一緒でも、人格は別なのだとしたら、
「テルミドールは自分自身なのだから、テルミドールのオルカの名の重さも自分にとって重要だ」
と考えるのは奇妙にも感じる。

加えて、「テルミドールは既に死んだ」と言い、テルミドールの人格が死んで嬉しいとも言わんばかりの
台詞である。
このことからも、テルミドール、すなわちオルカの名を重んじるようなことを言う動機はないのではないか?

なお、ウィキペディアの引用にもあるように、人格が「死ぬ」こと自体はある模様。
何の理由もなしに死ぬことはないだろうが。(そもそも解離性同一性障害自体、精神的なストレスで発症するものである)



多重人格説でありえそうなのは、

テルミドールの人格は死んでしまった。テルミドールは主人公のことを認めていたが、オッツダルヴァとしても、
銃を交えて主人公のことを試したい、戦ってみたいといったところか。
それでオルカを継ぐに相応しいか見定めようとした、と。






まあしかし、ハードモードのオッツダルヴァ、撃破時の台詞がない。どうにもハードのためにゲームのご都合的に裏切ったように見えてしまう。




ちょっと長くなったので、単一人格説については、次の記事で。


タンク型ACというモノについて考えてみる [考察 アーマードコア]

ず~~と昔に戦車とかACとか多脚戦車について書いたことがあるが、ふと思いついたことがあるので書いてみよう。


まず、多脚戦車だとか、上半身人型の戦車などをできるだけリアルに考えるにあたって前提となるのが、

「戦車として最適な形状は現代の戦車で完成している」ということである。

前方投影面積を最小化し、高威力、高弾速、長射程の砲を備え、車体重量を抑え機動力を維持するために装甲の配分を正面に集中する。これが陸戦兵器としての戦車の到達点とも言える。
現状では戦車のこれ以上の巨大化は起こらないというのはよく言われることである。

そんな中で、タチコマの記事の中では、
小型多脚戦車の利点は、立体的で入り組んだ地形での三次元戦闘、
軍用多脚戦車の利点は、複雑な地形への適応性と可変による通常戦車形態への移行を挙げた。

要するに、「脚」というものの本質的な利点「跳躍、地形適応性」を装甲兵器に付与したものである。
地形適応性自体は、無限軌道も優れている。多脚戦車の利点は、むしろ複雑な地形に接地した状態で、攻撃も行えるところだろう。底面が平らな無限軌道では、踏破はできても攻撃は行えない。

多脚戦車は、攻殻機動隊の世界におけるMBTであり、すなわち、MBTの直系進化系である。



一方で、タンク型ACは、無限軌道の脚部に人型の上半身という、多脚戦車とは全く逆の形状をしている。
この辺について、それらしい理由を考えてみよう。

まず、戦車にACの技術をつけるとしたら、以下のようになる。

そもそも、人型兵器などという妙な兵器を作れるほどの技術があるなら、その技術で戦車を作れというのは良く言われることである。

ではその技術で戦車を作ってみよう。

それは、大出力のジェネレーターによる三次元の高速ブースト能力を備え、PA、もしくは防御スクリーンなどの能動装甲を備えた戦車である。

さて、ここで問題になるのは、射角である。戦車の射角は形状から明らかなように、それほど広くない。当然ながら、戦車の敵は戦車であり、地上以外の敵を狙う必要が基本的にないからである。

水平方向にのみ回転する砲塔に砲を備えていては、三次元機動力はさして意味をなさないものとなってしまう。攻撃するときは接地しなくてはならないのだから。

さて、射角を広げるためには、砲塔部を”コア”とし、あたかも人の腕部のように左右に武装を着ければよい。

あとは武器一体型のアームパーツでもいいし、人間型の腕部に武装を持っても良い。

武器腕か通常腕かは、乗り手の趣向次第・・・というのがACのゲームとしての現状である。

とりあえず、武器腕は、
高威力(もしくは時間火力が高い)、

やや低装甲、武器のメンテナンスが大掛かり(武器だけ下ろせばよい通常腕に比べ)、予備武器、もしくは拾得武器などを使えない、マニピュレータを持たない、などの特徴があるだろう。


一方通常腕は、
射角がかなり広くとれる(もっとも武器腕にもマシンガンなど通常腕に近い形のものもあるが)、予備武器、拾得武器を利用できる、マニピュレータを持つ、武器のメンテナンスが楽、

腕部の性能によって武器の性能が大きく左右される(性能は上がりも下がりもする)、腕そのものの構造が複雑であり、メンテナンスが大変である、などであろうか。



結局のところ、三次元戦闘能力を付与したがために、射角の確保のために戦車本来の形状は保てなくなり、このような形に落ち着くのである。


もっとも、後述するが、ACの設定的には、戦車(MBT)に新鋭技術を導入してタンク型ACが生まれたのではなく、ACというコア規格を採用したMT群が生まれた後に、戦車型の脚部を導入したに過ぎない。

今した話は、三次元機動を行う戦車があったとしても、現在の戦車の形は保てないだろうということの説明に過ぎない。




さて、陸戦兵器の機動が三次元化した世界で、既存の兵器がその地位を保てるかは、作品によって異なる。

ACの場合は、ゲームなのでその辺がどうも曖昧で、各人のフロム脳に依存することになりそうである。

ゲーム中の描写その通りなら、ACはあらゆる兵器を淘汰する最強の超兵器、その代わり非常に高価で数も限られるものとなる。ACミリタリー動画でおなじみハラショーノフ氏も、ゲーム中のACの様子をきちんと設定化して再構築し、描写したのがネクストであるとおっしゃっている。


ACを多数の兵器の中のひとつとするなら、さじ加減ひとつでACの兵器としての性能、立ち位置は大きく変動する。
例えば、戦車に正面からはまともに勝てなかったり、閉所で集中砲火を浴びればあっけなくやられたり・・・そんな感じである。ゲーム中のイメージでいけば、アセンブリ可能で汎用性の高いMT、程度のものが、リアルなAC像といった考えである。

ところでハラショーノフ氏は、ACのタンクはMBTが進化したのではなく、全くの別存在と分析している。兵器の発達として、そのほうが自然であるということである。
氏は人型兵器という珍妙な、通常の環境ではまず発生しえない兵器が登場し、極めて独特な兵器体系の進化が起きたのはなぜか、そこから考えていらっしゃる。

わたしは軍事の知識も乏しく、氏のような本格的な考察はできないが、(私のは"それっぽい”理由付けをする考察レベル止まりである)
設定および独自考察で、発展系譜を考えてみよう。


【地下世界という垂直方向に立体的な地形、人的労働力の不足=市場のニーズ】

【複雑な地形、および不安定な地形での作業を可能とするモノ→脚】
【作業別の換装不要の高精度汎用マニピュレータ→腕】

【ヒューマノイド型ロボットが実用化、量産化可能な高度な技術レベルとヒューマノイドロボットの十分な市場ニーズ】

【MTの誕生】

【コア構想、パーツの互換化による圧倒的汎用性の獲得】

【Cored MTの誕生、この後、コア規格を採用したMTと、通常のMTでは、別の道を歩むこととなる】

【MTの武装化】【非コア規格型MT、用途の限定による限定的高性能化、形状の特殊化】

【武装したCoredMTは、Armored Core:ACと呼称されるようになる】

【二脚 逆脚 四脚 タンクへ分化】

開発初期の事情を考えるに、無限軌道型のMTというのはあまり存在しなかったと思われる。
平坦な地形での安定性確保と言う点では、無限軌道は優れているので、重機の発展型、半分重機のようなMTというのは見られたかもしれない。(ACの作中でも、無限軌道を搭載した重機に似た機械はしばしば登場する)

二脚、逆脚、四脚などのMTが多数登場した後に、本格的に兵器としてACというものが確立される際に、旧来の兵器であるタンクを脚部に据えるという発想が、当然のごとく浮上したのだろう。
(それは、全くもって、実際にACというゲームを作った人々の発想と同種のものである。車体自体はあるのだから、コアを砲塔に見立て、着けてみたくなるのである。)

タンク型によって、多脚のもつ利点は失われるが、安定性や、積載量において大きなアドバンテージを得ることができる。
傭兵の多用なニーズに応えるという点でも、タンク型の脚部は自然と開発されたのであろう。(これもゲームプレイヤーの我々がタンク脚を欲しがるのと同種のことである。戦車乗りからレイヴンに転向する場合などは、こうしたニーズも発生しうるし、完全に趣味でタンク脚を選ぶレイヴンもいたであろう。)


そういう点では、兵器の系譜としては、確かにタンク型ACは、戦車としての要素は持つものの、MBT(主力戦車)の直系子孫ではない。


こうした中、従来のMBTがどのように進化し、どのような立ち位置になったかは、それぞれのフロム脳に任せることにしよう。
ゲーム中でいえば、ACに対しては鈍重な戦車はあまり有効ではない。むしろ高機動のMTのほうが厄介である。しかし、戦線の構築と維持と言う点では、やはり砲と装甲を備える戦車は必要かもしれない。

三次元機動戦車=タンク型ACは、もはやMBTの形状ではなくなり、攻撃を可能であれば、かわす、あるいは狙いをつけさせないで、敵機に対して有利なポジションから攻撃する兵器となる。戦車に比べると大型化してしまったが、装甲は維持し、あるいはより強化し、汎用的な武装構成が可能となった。

この三次元機動戦車が、従来の戦車を代替するのかは、よくわからない。
スペック的には遥かに上だろうが、運用想定が従来の戦車とは異なるのだ。
だからといって、従来の戦車では、三次元機動をとるMT、ACなどに対して対応しきれない。

結局のところ、この世界での部隊構成は長大な「槍」としての戦車と、小回りのきく「剣」としてのMTの混成になるのかもしれない。

そして、ACは、ゲーム中のように、基本的に単機運用され、本隊の支援、陽動、敵部隊の殲滅から潜入、破壊、暴動鎮圧まで、あらゆる「特定の状況」に対して投入されている。
ACという兵器は、アセンブリによって高い汎用性を示すが、兵器としては、乗り手によって機体がマチマチで、軍組織での運用に適さない兵器と言えよう。
(企業の持つAC(陽炎など)は、やはり外観や装備が統一化されているものが多い)
そのため、レイヴンは一匹狼として、依頼主の「特定の厄介な状況」の除去を行うという、限定的な戦場に投入されることになるのである。
ようするに、便利屋のための兵器なのである。

そんなわけで、部隊で運用される戦車とはまた異なる存在、ということになるのだろうか。

この時代のMBTを考えるならば、サイズ自体は現在の戦車と同様で、重ACの正面装甲を抜くことができる強力で長射程の砲、防御スクリーンによる能動装甲を備え、従来のサイズ、重量のまま、攻撃力、装甲などを強化したものになると思われる。
重量やサイズを維持したまま砲を強化できるかは、技術的な検証ができないので分からないが、何せ人型ロボが登場する超未来である。可能であると思いたい。

高速型のMTやACに接近されれば脆いものの、戦線の構築と言う点では申し分ない成果を発揮するのではないだろうか。

ただし、企業がMTやACの開発に資本を集中し、旧来兵器の発展が停滞するという可能性もまた考えられよう。

ACのゲームでは、旧来兵器はやられ役、妙なデザインのMTが主力兵器or最新兵器という扱いになっている。

PPのサガルマタやら、4のGA製四足兵器やら、最近のAFやら、重兵器も妙なデザインのものが多く、本来戦線を作るべきシンプルな戦車は本当に出番が少ないorz


いまいち結論めいたことは導けていないが、一通り思いつくことは書いたので、終了。

AC世界の兵器発達 ビショップの開発 [考察 アーマードコア]

一方的にリスペクトをささげている、ACミリタリー入門で有名な、ウラノビッチ・ハラショーノフ様のブログを読んで、

私もより緻密にフロム脳を炸裂させたくなった次第であります。


大変勉強になったのは、現用兵器からああいった兵器が生まれるには、どういった環境が必要か?といった話題。

曰く、ガチタンと戦車は、形は似てはいても、ガチタンの元は戦車ではない、ということでした。詳細はご本人のページで読んでください。勉強になりますから。



では本題。


【MTの登場】
もっとも初期のMTは、おそらくビショップやらオストリッチのような、逆脚に箱を載せたようなデザインです。
(無印の設定資料集では、戦闘メカとMTに分かれており、どうにもその境界が曖昧ですが、とりあえずACおよび現用兵器以外の兵器はMTということにしておきます。)

あれら、どっからどうみても、兵器としての実用性がないわけです。
機動力はない、火力はない、装甲はない、前方投影面積はでかいといいとこなしです。

AC世界において、何故「アンナモノ」が生まれたのか考えたいと思います。


やはり真っ先に浮かぶのが、地下世界という環境。

MTの開発史は大雑把ではありますが公式に設定があり、地下世界の開発に当たり、労働力不足が深刻になったため、「マッスルトレーサー」、人と同じような動作ができる大型作業機械が登場したことになっています。

【橋上占拠者排除】において、通常の重機および、人型重機が登場します。この人型重機が、おそらくもっとも初期のMTであると思われます。

その後、戦闘用のMTとして、ビショップなどが生まれたのでしょう。

さて、説得力のある設定を考えて見ましょう。

兵器としては全くメリットのないビショップですが、

【シュトルヒ開発の過程で作らざるを得なかった】、というのはどうでしょう。

つまり、

【逆脚による三次元機動能力を持った、戦闘MTの開発】

【逆脚の試作開始】

【歩行可能レベルに到達】

【簡易な武装を施し商品化】→ビショップやガードウォーカー

【跳躍可能レベルに到達】

【シュトルヒ】

三次元機動能力は、立体的で複雑な構造の地下世界において特に要請されたものです。とにかく地下世界というものは、上下に入り組んでおり、跳躍が出来なければ様々な不都合が生じるのです。(タンクでチャージングになると、移動が出来なくて困りますよね)

そこでシュトルヒのような兵器を開発することにし、その開発過程で生まれたのがビショップということです。

跳躍もできなくてはただの的もいいところ、こんなもの誰が買うんだ!!とも思いますが、
この世界、企業が覇権を握っている世界ですから、傘下の企業群に半ば強制的に買わせたり、
通常兵器の開発や生産を縮小して、兵器市場をMTにシフトさせたりする可能性が考えられます。

(例えば、ガンダム世界で戦車や航空機が衰退したのは、連邦軍がMS開発に予算を集中したためです。まっとうな予算を与えられ、その後も進化を遂げていれば、戦車や航空機は、少なくとも地上での戦闘ではMSより強力な兵器になっていたでしょう。)

ようするに、逆脚MTの開発資金を確保するため、企業が市場に介入するわけです。

このようにして市場に登場した逆脚戦闘MT、ビショップ。

兵器相手ではほとんど役に立たないであろうこの兵器も、暴動鎮圧程度には役に立ったかもしれません。

背の高さは暴徒への威嚇になりますし、歩行は「踏まれる」という恐怖感を与えます。脚に暴徒がからみつくようなら、銃器で上から撃つことも出来ます。

安価で性能も極めて限定的なビショップは、企業正規軍ではなく、傘下のテロ組織などに回されたり、(テロ組織に過剰な力を持たせるのはコントロールの点で好ましくない)
また、小規模な武装集団や、労働者団体などが反抗目的で所有することが多かったのではないでしょうか。


レイレナード=アクアビットの真意とORCA [考察 アーマードコア]

前記事の一部抜粋


マクシミリアン・テルミドールが語るには、国家解体戦争も、リンクス戦争も、企業の罪を秘匿するためのものだったという。

アサルトセルの一掃を目論んだレイレナード、アクアビットはリンクス戦争を起こし、競合であるオーメルを潰し、さらに戦争の中で密かにアサルトセルを一掃するつもりだったのかもしれない。

もっとも、彼は雄弁な扇動家であることには留意するべきである。



【何故アクアビットは、表面上は平穏を保つパックス・エコノミカを終わらせ、泥沼の戦争を開始したのか。】

アサルトセルを破壊するため?

それだけが理由なら戦争を起こす必要はないであろう。パックスで破壊し、事実は秘匿すればいいのである。

もっとも、パックスに意味のある話し合いの場など存在しなかったのかもしれない。

それぞれが猜疑心と現状維持と保身に走り、意味のある議論などできないだろう。

レイレナード=アクアビットは独自に行動したのだろう。

すなわち、GAEの件を口実にGAに宣戦、競合であるオーメルを打倒し、加えてアサルトセルを破壊、コジマ技術と宇宙進出の双方でリーディングカンパニーになろうとした。



【こうした隠れた目的について、インテリオルとBFFが把握していたのかは分からない。】

リンクス戦争後、インテリオルもBFFもアサルトセル破壊に消極的である。
企業連のクレイドル体制に組み込まれ、実行は難しいのもかもしれない。

そもそも、
レイレナードの真意など当時は知らなかった
あるいは、真意は知っていたが、それほど強く賛同していなかった
などが可能性として挙げられる。




【さて、fAでもそうであったが、何故パックスも、企業連も、アサルトセルの破壊に難色を示すのであろうか?】

アサルトセルの破壊には、高度コジマ技術を用いた、実質的な大量破壊兵器が必要である。

リンクス戦争当時、それを持ち得たのは、レイレナード=アクアビットだけであった。

結局のところ、アサルトセルは、パックスにとって、自らが招いた頭の痛い問題ではあったが、解決できる企業はオーメルかレイレナード=アクアビットに限られたのだろう。

それら一部企業が危険な力を持つことを嫌ったのだろうか。

もしくは、パックスはそもそもアサルトセルを短期的にどうにかする気がなかったのかもしれない。面倒な問題は後回し、というわけである。


fAの時代では、理由はもっと分かりやすい。クレイドルを支えるエネルギーを用いなければ、アサルトセルを掃討できないからである。アサルトセルの破壊は、クレイドル体制の根幹を揺るがすものなのである。

結局、企業の老人達は保身と引き換えにオルカと密約を交わす。
結末がどうなるかは、あるリンクスの行動次第である。



【また、レイレナードは、アサルトセルの存在を露見しようとはしなかった。】

新興企業のレイレナードはアサルトセルに関係しておらず、
だからこそ他企業が生んだ愚かしい負の遺産を破壊しようとしたとも考えられる。

ならばアサルトセルを露見しても特にダメージはないはずである。

レイレナードも、完全にアサルトセルを破壊する能力は当時なかったのだろうか。

事実を公表すれば、民衆は混乱する。それを避けようとしたのだろうか。

しかし、この時代、民衆は企業に隷属しているも同然で、民主主義や世論などさほど意味を成さないので、理由としては不自然にも思える。

独立性が高いコロニーや、企業に反抗的なコロニーの存在を警戒してのことだろうか。


もしくは、完全に秘密裏に、つまり、陣営内の企業にすら内密に、進めるためであろうか。

存在を公表すれば、企業は否応にも一時的に連携してアサルトセルを破壊する方向に進まざるを得ないだろう。

表向き存在を断固否認する可能性はあるが、水面下では、言い逃れできなくなる前に、証拠=アサルトセルを抹消しようとするだろう。

それでは、レイレナード1社が他社を出し抜いて、優位に立つことはできない。

あくまでも1社で遂行することに拘ったのかもしれない。


一方、レイレナードがアサルトセルに関与しているなら、秘匿する動機ははっきりする。

しかし、関与しているとしても、レイレナードはアサルトセルの中では、最後発になる。

散布してすぐさまそれを破壊することにした、ということは不自然であろう。

結局、アサルトセルはリンクス戦争中も、そしてその後も公にされることはなかったことだけは事実である。



【加えて、エネルギーの問題もある。】

世界中のアルテリアを用いて、ようやくアサルトセルは殲滅できる。

レイレナード一社で、そのエネルギーを用意するのは不可能であろう。

そう考えると、リンクス戦争時のエーレンベルク発射は、「試射」であったのかもしれない。

アサルトセル散布以前のGAの衛星破壊を通じて、衛星軌道掃射砲の性能試験を行ったのであろうか。




【ここまで考えると、リンクス戦争におけるレイレナードの目的が、アサルトセルの破壊であることが、不自然に思えてくる。】

たかだか試射のために、戦争を起こすだろうか、ということである。


戦中のほうが技術革新の速度が速いのは事実であるが、そのために逆に地球環境を致命的に破壊してしまっては本末転倒である。

もし、レイレナードが恐ろしく深遠な理想と目的を持った企業だったとしたら…、初期はオーメル打倒とアサルトセル破壊を目指したが、アナトリアの傭兵によって劣勢に立たされ後、何故愚かしいリンクス戦争を始めたのかが理由付けられる。

あえてネクストを多用し地球に住めなくすることで、否応にもアサルトセルを破壊し、宇宙進出をするようしむけた…など。

これは少々突飛すぎるか。


逆に、レイレナードが利潤を求める企業らしい企業だとしたら…、
劣勢にたたされた後に愚かしいリンクス戦争を始めたのは、昔の日本よろしく、負けを認めたくなかったからであろう。

もしくは、大義のある自分達が敗北してしまっては、大義を遂げるものがいなくなると考えたのかもしれない。

地球環境を致命的に破壊してでも、自分達は戦争に勝利し、大義を成し遂げなければならないと考えたのかもしれない。

少なくとも、ベルリオーズやオルカの最初の5人は、大義の為に戦っているようである。
レイレナード上層部の思惑はともかく、リンクスレベルでは、アサルトセルの掃討と人類の地球からの解放は、成就すべき大義だったのである。



【最後に、アサルトセルとオーメルの関係も気になるところである。】

政治力に長けたオーメルは、リンクス戦争においても、そしてfAの時代においても、失敗らしい失敗をしていないように見える。

オーメルは、自らやろうと思えばアサルトセルの排除も可能だっただろう。
しかしリンクス戦争時も、その後も、それを実行しようとせず、延命措置であるクレイドル体制を築いた。

果たしてどこまでがオーメルの筋書きなのだろうか。


レイレナードの真の目的を知っていたのか。

クレイドル体制の維持やアサルトセルに関してどう考えているのか。

オルカを作ったのはオーメルであるが、
オルカの行動はオーメルのシナリオ通りなのか、それとも想定外のことなのか。

詰まるところ、オーメルは、企業連の代表=老人達の象徴なのか、それとも先見性を持った狡猾な存在なのか、ということである。

私は後者であると考えたい。

オーメルは、レイレナード=アクアビットが仕掛けた戦争に乗り、殆ど自社の手を煩わすことなく戦争の勝者となった。

結果レイレナードの持つ技術も自社に取り込むことに成功した。

この際オーメルの思想はレイレナードに侵食された、と見る向きもあるが、オーメルは純粋に技術を吸収し、管理者層は駆逐したと見るほうが無難であると考える。

その後レイレナードの亡霊達、オッツダルヴァやメルツェルの提言に乗り、オルカ旅団を創設。

彼らがレイレナードの亡霊であることは明確である。そんな彼らに、考えなしに助力し、足元をすくわれたとは考えがたい。

fAラストにおいて、テルミドールはオッツダルヴァとして立ちはだかる。
この解釈は様々だが、オーメルは、自社の手を汚すことなく、アサルトセルの破壊=クレイドル体制の破壊を行うため、オルカ旅団を結成した。
そして、テルミドールはオッツダルヴァとしてオーメルに戻ることになっていたのかもしれない。


しかし、ここに至りオッツダルヴァは、自分だけが生き残り、再び企業に戻り、ランク1として道化の人生を送ることを拒んだのかもしれない。



主人公が勝つのであれば、宇宙への道は拓かれる。

自分が勝つのであれば、人類はこの星で壊死を迎える。


「パートナー」として迎え入れた主人公に、未来を委ねたのかもしれない。


恐らく、自分が主人公に敗北することが分かった上で、戦いを挑んだのだろう。(といっても3対1なので適当にやるとこっちが負けるが)

主人公が、自らの思想を引き継ぐパートナーに相応しいか否か、自らの命で確かめるために。

道化として振る舞い続けた人生の最後に、自らが認めた最強のリンクスと戦い、戦士として死ぬために。






結局、可能性について推測してみても、何故レイレナード=アクアビットがパックス・エコノミカに終焉をもたらし、戦争を泥沼化させたのかははっきりしない。彼らにとって、アサルトセルの破壊がどういった意味合いのものだったのかもはっきりしない。


少なくとも、レイレナードの意志を継ぐオルカがオーメルによって作られ、彼らはアサルトセルを破壊しようとした、それだけは確かである。

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