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うれしくって抱きあうよ [音楽]

先日発売されたYUKIちゃんのNEWアルバム、『うれしくって抱きあうよ』。






連休最終日ということで今日は出歩きもせずお酒を飲みながら付属のDVDを観賞しました。






とりあえず、YUKIちゃんはあいも変わらずかわいいですねぇ。
自分の年齢のおおよそ倍くらい、そろそろ四十近くになるというのに、
あのかわいらしさ。

結婚しても、子どもを産んでも、女性にはああいう風であってほしいものです。
そんなことを思う理想主義者はいつまでたっても結婚できないのかもしれませんが・・・


さて、COSMIC BOXのPVについての感想でも。

最近シングルを全くチェックしてなかったので、どれがシングル曲か知らない私でしたが、COSMIC BOXとランデヴーは電流ながれまくりのいい曲だと思ってこのアルバムを聴いていました。案の定この2曲はシングル曲なのですね。いい曲ですね。

COSMIC BOXのPVは、双子の姉妹(YUKIちゃんです。あの歳で姉妹を演じられる童顔っぷりです)が眠れずに、夢の話をする、というもの。

その夢は、歳を取っておじいちゃんおばあちゃんになった友人たちと公園で遊ぶ、という不思議な内容。

老人たちは公園で輪になって踊り、シャベルを掴んで砂場を掘る。
すると、子どもの頃の思い出の物が出てくる。

サッカーボール、本、トランペット、ティアラetc・・・

そして
老人たちは子どもの姿になっていく・・・。


♪遥か遠い昔から、意味のある偶然を伝えているんだ

 からだの中から、響くのは懐かしい子守唄

 公園の砂場から 大気圏突入用のロケットに乗って、

 誰かの残したシャベルに乗って帰ろう


♪また明日あえるのに、どうしてさよならが嫌いになるんだろう?

 ひとみに映るのは、いつか見た燃える夕焼け



誰にでも、子ども時代があり、そして時間とともに歳をとり、老人となっていく。

誰しもが、子ども時代の情景を、友達と別れて家へと帰る、あの夕焼けを見、そして覚えている。


日常を生き、世間のおじさんおばさん、おじいちゃんおばあちゃんを見ると、
歳は取りたくないと思う。
かわいい女の子がしわしわのおばあちゃんになるのは見たくないと思う。

悠久の昔から、人は不老不死に憧れてきた。


でも・・・。

生まれ、育ち、産み、育て、そして死に行くのは、人の、生命の、悠久の時間繰り返されてきたサイクルなのだ。

その連鎖を否定し、逃れることは叶わない。

YUKIちゃんと、YUKIちゃんの歌を聴いていると、
歳をとることを前向きにとらえらる気がする。

JOYにも歌われるように、

♪100年先もそばにいたい。

 死ぬまでドキドキしたいわ
 死ぬまでワクワクしたいわ


YUKIちゃんは、多くの同時代の人が、老い、妥協し、活力を失い、
精神的に老いていく中で、今でも、瑞々しい歌を届けてくれる。

歳をとったことで精神的にも歳をとることは、自然なことではある。

それでも、自分は、妥協し、活力を失い、精神的に老いたくはない。
歳をとっても、ワクワクドキドキしていたい。

歳をとっても、子どもの頃のあの感動と、夕日は忘れたくはない。
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ヤバイCD [音楽]


R4 RIDGE RACER TYPE 4 DIRECT AUDIO

R4 RIDGE RACER TYPE 4 DIRECT AUDIO




エースコンバット3 エレクトロスフィア ― DIRECT AUDIO with AppenDisc

エースコンバット3 エレクトロスフィア ― DIRECT AUDIO with AppenDisc

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: メディアファクトリー
  • 発売日: 1999/08/26
  • メディア: CD



このCDは、用法、用量を守りご使用ください。

脈拍の上昇、発汗、目眩などの症状が現れた場合、すぐに使用を中止し、医師の診察を受けてください。



「おおげさなんだよ、みんな。たかがCDじゃないか。」


カーオーディオで再生)


「く、くおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお・・・・・・・・・
な、なんだ・・・・・朝の白んだ空と、澄んだ空気の中を走っているような空気感・・・・・・・・。
静かで、穏やかなのに、なのに・・・・・・・・・・・何故、こんなにも・・・・・・・・・・・・・・・・・・心を揺さぶるんだ・・・・・・・・・・・・・・・より速く・・・・・・・・より速く・・・・・・・・・・・・・く、くぁぁぁああああああああ・・・・・
はぁはぁ・・・・危ない・・・この道は・・・・狭すぎる・・・・スピードは出せん・・・危ない・・・・・・」



R4の曲は、分かりやすくテンションの高い曲、いわゆるリッジっぽい曲はそれほど多くない。
むしろ、朝方の海、朝の街、夕暮れの山道、都会の夜・・・そんな情景に(実際そういうコースなんだが)にマッチするような、穏やかな曲が多い。

この静かながらも、強烈なグルーブを放つ楽曲と、高く唸るエンジンの音、そしてPSの性能の限界に挑んだ、陰影美しきR4の世界・・・、それらが混然一体となって、自分を包み込むのだ。

このCDをかけながら実際にクルマを運転するときは、意識的に節制しましょう。でないと事故ってしまいます。


R4メインになったが、似た空気をまとった同時期の作品AC3のサントラも、電子ドラッグである。
こちらはスピードを出しすぎるということはないだろうが、ここではないどこかにトリップする。

ナムコのサウンドチームは、凄い・・・凄すぎる・・・・。





忌野清志郎 [音楽]

今更感はあるが・・・、一応。

周知の事実ではあるが、忌野清志郎さんが亡くなった。アマゾンなどではCD,DVDが上位にくるなどの動きが見られるが、世間的には、衝撃的ではあるものの、既に新鮮さを失ったトピックとなっている。毎日マスコミは芸能人ニュースにはこと欠かさないのである。忘れ去られはしないものの、すぐに次の話題に移っていく。それが人間である。


私は、世代がちょいと違うというのもあって、正直、清志郎さんの楽曲を直接には知らない。

ただ、『Fishmans全書』の膨大な記事の中で、Fishmans、というより、佐藤伸治さんの音楽、詩、声と、RCサクセションの清志郎さんのそれを重ね合わせているものは多かった。



(もっとも、RCサクセション自体、時代を代表するロックスターなので、現在の日本のロックは、多かれ少なかれRCサクセションの影響を受けているのだが。

多大な影響を与えるロックスターは、最近では成立しにくい気もする。ロック好きにとってのロックスターは確実 に多く存在するが、さて、誰もが知る現代のロックスターは、甲本ヒロト、矢沢栄吉、長渕剛、B’z、サザンオールスターズなどだろうか。この中だと、甲本ヒロト以外は、芸能人的なニュアンスが強すぎて、あまり好きではないのだが。ロックスターが成立しにくくなったと私が思うのは、そこら辺が理由にもなっている。

栄ちゃんも長渕もB'zも国民的に有名だが、私の主観的には、熱狂的なファンが他のバンドより多く、テレビで目立つだけで、どうにも音楽的にも、ファン的にも、「閉じている」印象なのだ。
実際にはそうでないのかもしれないが、私にとっては、多くのミュージシャンに影響を与えるような、強力なロックスターのイメージではないのだ。)


さて、清志郎さんも十分芸能人的な側面もあったわけではあるが、結局のところ、ステージでのパフォーマンスを見て、「かっこいい」と思った。ロックスターだと思った。それだけである。
ああだこうだ理屈をつけて他のミュージシャンと区別するのも、結局は論理的な根拠、識別が欲しいだけで、実際には、見て、聞いて、「かっこいい」と思うか、思わないか、それだけに集約される。
そして、それは、完全に個人の価値観に依拠する。

(もっとも、個人の価値観の形成の基となるのは、時代であったり、社会であったり、周囲の環境であったり、マスメディアであったりするのだが。
世の多くの人は、もしかしたら「かっこいい」と思えるかもしれないミュージシャンとの出会いのチャンスを、情報を受動的に受け入れることによって逸している。これは、音楽だけでなく、あらゆるカルチャーにおけることである。マスメディアの提供する「最新の」情報への受身の姿勢、情報を鵜呑みにする、未知のものに偏見をもつ・・・。メディアの提供する情報が変われば、あっさりとそっちに移り、古いものを使い捨てる。常にアンテナを張り、最先端のトレンドを走っている「つもり」の人の中には、こういう人もいる。いわゆる洗練されたトレンド人とは異なる、なんちゃってトレンド人、=ミーハー、=スイーツ(笑)のことである。)

価値観自体に優劣というものはまったくもって存在しない。


さて、激しく脱線している。とりあえず、清志郎さんのステージを一度見たことがある。

RISING SUN ROCK FESTIVAL2005inEZOでの、Fishmansリユニオンライブに、ゲストボーカルとして出演したときのことだ。
清志郎さんは「MELODY」を歌った。Fishmansの大先輩の清志郎さんが、わざわざリユニオンに駆けつけてくれたことに、誰もが驚き、喜び、そして清志郎さんと佐藤伸治のうっすらとした繋がりのようなものを感じたのではないだろうか。


”HEY MUSIC! COM'ON ROCKERS! ぼくに”

”MELODY 暗いメロディー ずっと”


”流れるミュージック 暗いメロディー 君がくれたメッセージ

”見えてる景色 窓枠どおりの エンピツでかいたみたいな”


本当は、翌年の2006年のRSRでは、忌野清志郎 & NICE MIDDLE with NEW BLUE DAY HORNSのステージがヘッドライナーとして行われるはずだった。出演キャンセルは直前のことだったと記憶している。

結局、私が体感した清志郎は、2005年の『MELODY』だけとなった。

多くのミュージシャンが去っていく。清志郎さんも去った。もう、彼のステージを見ることは出来ない。彼の音楽の可能性は半ばにして途切れて消えた。

・・・。洋の東西を問わず、ロックスターは急逝すると伝説化、神話化される。急逝=神話化されたロックスターというイメージすらある。Fishmans全書でも、草野マサムネが、佐藤さんの死はショックだったし、残念だったけれど、ミュージシャンとしてはかっこよすぎる生き方だと述べている。

何故神話化されるのか。
ある人たちは、半ばにして途切れた故人の音楽の可能性、二度と分からない未来の可能性に対して、残された人々が思いを馳せる。類まれなるセンスを示した天才の、失われた未来を思うと、故人の存在、そして残したもの、あらゆるものが神話化される。
ある人たちは、思い込む。彼は究極に到達して亡くなったのだ、と。そうでなくては、やりきれないのだ。残された楽曲、ライブの映像などよりも、もっと高みに昇った状態があるとしたら、やりきれないのだ。

生きている人間は、あまり神話化されない。生きている人間には、生活があり、インタビューなどで冗談でもいいながら、日常を生きているから。それは、「神話」とは相容れない空気だ。


忌野清志郎は、ロックスターから、急逝したことで神話化されるのだろう。

ただ、ここだけは勘違いしてはいけない。
急逝すれば、否応なしに神話化されるが、
だからといって、
「ロックスターは急逝したほうがかっこいい」
という考えは、糞だということだ。



清志郎さんの死をリアルタイムで体験している我々は、哀しみにくれるが、きっと、何十年後かには、「急逝した伝説のロックスター」として、急逝が彼の人生のステータスと化しているのだろう。
それもまた、仕方のないことではるが、せめて実際にその時代にいた私たちくらいは、彼の死と、失われた未来の可能性について、ずっと哀しみを持ち続けていたい。

Thank you 清志郎

佐藤伸治十回忌。わ、忘れてたorz [音楽]

【移転先より転載】


3月15日は佐藤伸治さまの10回忌でしたね。


引越しのごたごたで失念してました。



あっというまの十年。これからの十年もきっと、あっという間なのだろう。


僕が佐藤君の年齢になって、追い越してしまうのも、きっとあっという間。

そのときになって、佐藤君の時が止まってしまったことを、強く実感するのだろう。


今日もいい天気です。佐藤君の音楽はこれまでも、これからも、この天気のように、僕の心に響くだろう。by中二病患者

ムラサキの雲の その先へ [音楽]

時には昔の話を時にはまともな(現実関係の)ネタを投稿したいと思います。

タイトルはCoccoちゃんのアルバム、『ザンサイアン』のコピーより。


今回のネタは、朝日と夕日。古くから曙、暁と呼ばれ、日本人の感性をふるわせてきた存在です。

枕草子でも綴られていますが、曙には、紫色の空が見えるのです。

オレンジ色に焼けた空と、空の蒼、その二つが溶け合う場所で、雲は紫に染まります。

さて、最近紫の空なんて見たっけ??と思い、写真を漁ってみた次第です。




春は曙。

やうやう白くなりゆく山際すこしあかりて、

紫だちたる雲の細くたなびきたる。

【枕草子より】

枕草子に綴られる情景は日本人の心を普遍的に打つものですね。外国の人にはわかるのでしょうか?日本語や日本の古語の美しさは人によっては感ずるものがあるそうですが。(日本人が漢詩やら外国の詩やらを美しく思うのと一緒ですね)


以下写真。

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写真追加[exclamation×2]

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